ニュージーランド地震から15年となる2月22日、犠牲者への祈りと記憶をつなぐ追悼式が行われました。
学生12人が命を落とした富山市の富山外国語専門学校では、遺族や在校生が集い、地震発生時刻の午前8時51分に黙祷が捧げられました。
震災から15年という節目を迎えた今もなお、遺族の想いは変わることはありません。
当記事では、追悼式の様子や遺族の声、そして未だ解決していない謝罪問題などについてお伝えします。
ニュージーランド地震から15年を迎えて
2011年2月22日に発生したニュージーランド地震では、多くの尊い命が奪われました。
日本人28人が犠牲となり、そのうち13人は富山県関係者でした。
特に、語学研修中だった富山外国語専門学校の学生12人が亡くなったことは、地域社会に大きな衝撃と深い悲しみをもたらしました。
発生から15年という歳月が流れましたが、遺族や関係者にとってその記憶が薄れることはありません。
毎年この日が近づくたびに、あの日の出来事が鮮明によみがえります。

富山外国語専門学校で行われた追悼の集い
今年も富山外国語専門学校で「追悼の集い」が行われました。
遺族や在校生らが出席し、地震発生時刻の午前8時51分に合わせて黙祷を捧げました。
静寂の中で、それぞれが大切な人を思い、祈りをささげる時間となりました。
在校生代表の森樹里さんは、次のように語りました。
「この出来事を誠実に受け止め、日々の生活に向き合うことが私たちにできることだ」
引用:富山テレビ
この言葉には、震災の記憶を受け継ぎながら未来へ進む若い世代の決意が込められています。
震災を風化させない取り組みは、今も学校の中で大切に続けられています。
遺族の想い「娘に対する想いは全く変わらない」
娘さんを亡くした横田政司さんは、15年という時間が過ぎた今も変わらぬ想いを語りました。
「娘に対する想いは全く変わらない。明るい笑顔にもう1度会いたい」
引用:富山テレビ
年月が経っても、愛する家族を思う気持ちは変わることはありません。
震災は数字では語りきれない、1人1人の人生と家族の物語を奪いました。
遺族にとって、15年は決して区切りではなく、今も続く時間なのです。
未だ実現していない謝罪問題
ニュージーランド地震では、倒壊したビルの安全性や設計責任が大きな問題となりました。
遺族は建築士など関係者からの謝罪を求めていますが、15年が経過した現在も実現していません。
震災の記憶が風化していく中で、責任の所在や説明責任をどう果たすのかという課題は残されたままです。
海外で起きた災害であっても、日本人が犠牲となった事実は重く、真相究明や誠実な対応が求められています。

震災を風化させないために私たちができること
ニュージーランド地震から15年。
私たちにできることは何でしょうか。
・震災の記憶を語り継ぐこと
・防災意識を高めること
・海外渡航や留学時の安全対策を見直すこと
在校生代表の言葉にもあったように、「誠実に受け止め、日々の生活に向き合う」ことこそが、未来への1歩です。
震災は過去の出来事ではなく、教訓として生き続けています。
ネット上での反応と声
ネット上では、次のような声が多く見られました。
・「もう15年も経つのか。決して忘れてはいけない」
・「ご遺族の気持ちを思うと胸が痛い」
・「責任問題はきちんと解決してほしい」
・「若い世代が受け継いでいる姿に感動した」
時間が経ってもなお、多くの人がこの震災を記憶し、関心を寄せ続けていることが分かります。

まとめ
ニュージーランド地震から15年。
富山外国語専門学校で行われた追悼式は、犠牲となった学生たちへの祈りとともに、未来へ記憶をつなぐ場となりました。
「娘に対する想いは全く変わらない」という遺族の言葉は、震災が今も続いている現実を私たちに伝えています。
震災を風化させないこと。
責任問題と向き合い続けること。
そして日々を大切に生きること。
それこそが、15年という歳月の中で私たちが果たすべき役割なのかもしれません。
※記事内の画像にはイメージが含まれてます。

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